2008年11月24日
コペルニクスの遺骸はすぐそこに眠っていたんだね。こいつは以外だった!
「コペルニクス的転回」という言葉など思い出します。
こんな顔だったんだねえ。まじまじと見入ってしまいました。
顎がなげえなあ、…とかいらない感想だな。
数学者にして司祭だったというのは、
司祭をして食いぶちを得て、暇を利用して数学の研究をしていたということでしょうか?
Wikiによると「教会では律修司祭(カノン)であり、知事、長官、法学者、占星術師であり、医者でもあった。」とあります。
いろんな仕事をしていたんだねえ。
どんなワークスケジュールになっていたことやら、
わたしの貧しい知識では想像もつきません。
プトレマイオスが唱え、当時支配的だった「地動説」に対して、
独自の「天動説」を唱えたことで歴史上の人物となっています。
天文学史上、もっとも重要な学説とされています。
それまではすべての天体は地球を中心に回転していると考えられていて、
この地球中心主義、かつ人間中心主義を誰も疑うことのなかった時代に、
いいや、回っているのは地球の方だと考えたわけです。
聖職に着いている立場でいながら、
聖書の記述に反する学説にたどり着いたわけですから、
彼の心中たるやいかなるものであったでしょう?
それでも、後世のガリレオのような迫害は受けなかったみたいです。
主著『天球の回転について』の出版を、
迫害が予想されたため用心深く生前には認めなかったことによるものです。
『天球の回転について』は岩波文庫から出ていたのを持っていますが、
いまは中古本しか手に入らないようです。






